戦略人事って具体的に何をすればいいの?

 

1.戦略人事とは何か

「戦略人事」が注目されています。グローバル企業では、多くの企業が戦略人事を導入するようになりました。しかし、日本では1980年代後半に「戦略的人的資源管理」という言葉で、経営戦略を実現する人事を求めるトレンドが既にありました。当時はそれほど一般化していませんでしたが、現在、ビジネス環境の急激な変化により、戦略人事の導入が強く求められています。

まず、戦略人事の登場と歴史から眺めていきましょう。

■ 戦略人事の登場と背景

日本で「戦略的人的資源管理」が要求されるようになった1980年代後半は、ちょうどバブル崩壊の時期です。急激な景気後退を迎えた社会で企業が生き残るために「企業の重要な資産のひとつであるヒトを、経営戦略に適応させて活用できないか?」という気運が高まりました。

そこで、採用、勤怠、昇格などを管理する「守りの人事」から、経営戦略に貢献する「攻めの人事」が求められるようになりました。

ラインとスタッフに部門を分ける組織論があります。人事部門はスタッフで、営業や販売など経営戦略の実現を担うライン部門の補佐が中心的な役割です。人事の仕事といえば、勤怠を管理したり人材採用をしたり、「タスク中心」でした。しかし、戦略人事では、タスク処理中心の後方支援ではなく、人事部がより深く経営に関与する役割を担うことが求められます。

そもそもラインとスタッフという部門の呼び名は、軍隊用語です。

戦略(Strategy)という言葉は、戦争において、いかに効率的かつ効果的に相手を攻略するか計画を立てる必要性から生まれました。そこで戦略人事においても「競合企業より優位に立つために人事としてどうあるべきか?」が重要になります。

軍事的な用語をビジネスに応用するのはアメリカの特色であり、マーケティングにも多くの軍事用語が使われています。アメリカが本格的に戦略人事について取り組み、さらにICT関連企業がシステムを構築することにより、戦略人事は著しく進展しました。

本格的に戦略人事が唱えられるようになったのは、ミシガン大学のデイブ・ウルリッチ教授たちが1990年に戦略人事を提唱したことが契機となりました。

戦略人事が「戦略」であることの意義

ところで、多くの経営者は歴史の戦記物を好んで読む傾向があります。

織田信長などの戦国武将を尊敬し、幹部に向かって「戦略」という言葉を何度も繰り返します。ところが、よく理解しないままに戦略を振り回していないでしょうか。戦略人事の具体的な方法を知る前に「なぜ戦略が必要なのか?」を理解すべきです。

前述したように、戦略は「効率的」かつ「効果的」に競合企業に打ち勝つための考え方です。「とりあえず、流行っているので人事部に戦略を付けてみました」のような形骸的な戦略では意味がありません。

CEOなど企業のトップが提示する戦略は概念的です。

というのは、企業のグランドデザインを考えるのがトップマネジメントの役割であり、この概念的な戦略を具体化して業務に落とし込み、数値化していくのが、営業部門、販売部門、生産部門、人事部門、経理部門、総務部門など、各事業部門の幹部の仕事だからです。

とはいえ、あまりにも戦略が抽象的すぎると、部門によってさまざまな「解釈」が生まれます。営業部門はあっちへ、人事部門はこっちへ走るような企業では、戦略が機能しているとはいえません。戦術(具体的な戦い方)は異なっていても構いませんが、戦略の方向性が共有されていないことは問題です。さらにブレイクダウンして社員全員が戦略を共有していることが理想でしょう。

「えっ。なんで人事がそんなことやってるの? それは営業の仕事だから、そんなことやらないでよ」

営業部長から、なわばり争いのような言葉が出てくるようであれば、人事部が積極的な戦略を立てて動いていたとしても、戦略は機能しません。

それでは、戦略が機能すると、どうなるでしょうか。

人事部の仕事は給与計算、勤怠管理、人員不足を埋める採用活動にとどまらず、経営に寄り添い、競合他社と差を付ける「攻めの人事」になります。

戦略人事では、経営戦略と人事戦略が密接に関わるので、人事部のマネージャーの「意思決定」が迅速になります。変化の激しい時代において、迅速な意思決定は重要です。人事部門が課題を先延ばしにしていると、優秀な人材が他社に流出したり、スキルのある人材を育成できなかったり、人材面において競争優位性を確立できません。

戦略人事では「私は人事部門だから、勤怠に承認のハンコを押していればいいでしょ」というわけにはいかなくなります。戦略人事においては、事務作業のような旧来の人事の仕事はITなどで効率化し、高い専門性と知識により「経営戦略の遂行と実現」が求められます。

もし、自社の経営戦略が分かっていないのであれば、人事部のマネージャーは経営戦略を理解するところから始めなければなりません。そして、経営戦略に沿った組織や能力開発をデザインし、経営戦略を実現するための変革を行うことが重要です。

2.戦略人事の4つの機能

戦略人事の登場と背景、戦略の意義を整理しました。では「具体的にどうすればいいの?」というテーマに入っていきましょう。

現在、戦略人事では、人事機能は以下の4つという共通認識があります。これは、デイビッド・ウルリッチ氏が提唱した戦略人事のモデルが原型です。

1. ビジネスパートナー(BP:Business Partner)

ここでいうパートナーは、社内の各事業部門を示します。営業、販売、生産などライン部門、経理、総務などのスタッフ部門など、各部門と連携し、そのパフォーマンスの最大化を目的として、ヒトと組織の面から事業部門を支援する役割です。このBPが人事機能の中心を担います。

全社的な経営戦略から、各事業部はそれぞれの部門の事業戦略を立案します。この事業戦略を理解した上で、戦略人事では事業戦略を実現するための人材戦略を立案します。具体的には、事業戦略から求められる人材の採用、採用した人材の育成などのアドバイス、従業員の悩みなどを相談窓口などを担います。

2. 組織開発(OD&TD)

組織開発は一般的に「OD&TD」と呼ばれ、ODは「Organization Development」、TDは「Talent Development」つまりタレント(才能)開発です。組織開発によって、経営理念の浸透、社内風土の醸成、次世代の経営幹部となる人材育成を行います。

組織開発というと、ツリー状になった組織図の一部を削除したり部門を統合や新設したり、有給休暇の取得手続きを変更するようなイメージがあるかもしれません。しかし、ODは、組織編成や制度変更ではありません。組織が活動するプロセスにおいて、行動科学の理論や技法を応用し、体質強化や部門間の協調を図っていくことです。

また、経営理念の浸透といっても、人事部の従業員がエヴァンジェリストになって、社員に説法して歩き回るわけではありません。経営理念を浸透させるための冊子などのツールやシステムによって、効率的に浸透させていきます。

タレント開発は、従業員一人ひとりに注目して才能を発掘し、適材適所に配置することです。そのためには経歴や評価、スキルなど個人の持っている特性をデータとして集約管理し、タテ型の人事ではなく、組織を横断した配置や昇進の実現とともに、人材を育成します。ストレス耐性が求められる事業部門には適性のある人材を配置し、離職率を下げます。

TDは人材管理とは異なります。人材管理は過去の評価などの蓄積を基盤にするものであり、TDは「これから才能を伸ばしていく」ための施策です。従業員の多様な才能を発掘し、優れた面を伸ばしていくための配置転換や教育を行います。

3. センター・オブ・エクセレンス(CoE: Center of Excellence)

CoEは、総合的もしくは事務的な処理を行うのではなく「人事部門の専門化集団」として、それぞれがプロフェッショナルの人事を担うことです。たとえば、人事部のA君は採用のプロ、B君は人材育成のプロ、C君は評価制度のプロというように。

評価や報酬などの制度、社内研修やトレーニングなどの教育、そしてそれらの現状や進捗状態と目標を管理するシステム構築と開発もCoEの役割です。

4. オペレーションズ(OPs)

このオペレーションズが、これまで人事で行われてきた勤怠・労務管理、給与計算と支給、福利厚生、採用(新卒社員、中途社員)、派遣社員やパート・アルバイトの管理などの役割になります。この機能は、大手企業ではBPO(Business Process Outsourcing)として外部の業者にアウトソーシングされることが多くなりました。また、今後は高度なAI(人工知能)により、自動化される領域とも考えられます。

かつては中国やアジアの新興国にオフショアとして外部委託することもありましたが、アジア諸国の成長により人件費が高くなり、海外への業務委託は難しくなっています。

3.戦略人事で最初に取り組みたい、たったひとつのこと

ビジネスパートナー、組織開発、センター・オブ・エクセレンス、オペレーションズという4つの機能を備えることが戦略人事の実践です。「そうはいっても、具体的にどこから着手すれば?」という印象ではないでしょうか。

RPA導入などの業務改革にもいえることですが、壮大な計画を立てて予算化した後で着手しても、うまくいかない場合があります。したがって「スモールスタート」が、戦略人事を成功させる秘訣です。

ちなみに、システム開発では、どんなシステムを開発するか要件定義を行い、一気に開発することを「ウォーターフォール型」といいます。滝のように、どっと計画を遂行するからです。ところが、この方法のデメリットは、途中で環境の変化があったり、仕様に問題があったりした場合、修正が困難なことです。

ウォーターフォール型に変わって、現在では「アジャイル型」や「プロトタイピング型」などが主流になっています。開発工程をいくつかに分け、試作と改良を繰り返しながら開発していく手法です。

戦略人事をスタートする場合も、おおげさな組織変更やシステム導入をする必要はありません。あえて、具体的にすべき「たったひとつのこと」を挙げるとすれば、次のようなことではないでしょうか。

「自社の経営戦略を理解し、実態を把握すること」

「なあんだ。そんなことは知ってるよ」と、あきれた方もいらっしゃるかもしれません。しかし、経営戦略には「全社戦略」「事業戦略」「機能別戦略」「特定戦略」があります。企業全体の方向性を示す全社戦略を事業部門ごとに落とし込んだ戦略が事業戦略で、さらに営業や生産などの企業の機能別に立てる戦略が機能別戦略です。特定戦略は、IT戦略や社会貢献など、主力事業とは別に展開する戦略です。

さらに、事業戦略であれば、それぞれの部門がその戦略を通して、どれだけの売上や利益を目標値にしているか、ということにも着目してみましょう。そして、目標値に対して、きちんと戦略が機能しているか、人事の目から分析します。全社戦略とはまったく合わない事業展開をしている部門があれば要チェックです。

新卒採用、中途採用が全社戦略や事業戦略にマッチして行っているかどうかということも、あらためて直すと課題がみつかります。募集人員が多すぎたり、コンサルティング型の営業部門をめざしているにも関わらず体力自慢の営業を採用していたり、アンバランスな採用活動になっていることがあります。

人材教育でも幹部候補の教育がおざなりになり、リーダー育成ができていない実態が明らかになるかもしれません。ストレス耐性のない社員ばかりが過酷な業務の部署に配置されるため、離職が多く、定着率が低い傾向も見逃せないことです。

そこで、自社の経営戦略がきちんと各部門で機能しているかどうか確認するために、「ヒアリング」から始めるとよいでしょう。

「そういえば同期の営業は、会社の方針は分かるけれど実現できない方針を立ててもムリと、いっしょに居酒屋で飲んだときに言っていたなあ。それぞれの営業のやり方も違うし、トップセールスの実績を挙げているやつは新人の面倒をみない。どう考えても営業向きじゃない新人が入ってきて頭が痛いよ、なんてことをぼやいていたっけ」など、思い出すこともあるはず。

あらたまってヒアリングやアンケートを行っても構いませんが、インフォーマル(非公式)な聞き取りから「自社の戦略はきちんと機能しているか?」を確認し、考察することによって、戦略人事の実現に向けた具体的な第一歩が踏み出せます。

4.戦略人事を成功させる意識改革

給与計算や勤怠管理のような業務処理に追われて「他の部門がどんな仕事をしているのか?」考える機会のない人事部のスタッフも多かったのではないでしょうか。人事部が自社のビジネスを担っているという意識も希薄だったはずです。

しかし、戦略人事にシフトすることによって、人事部も「ビジネスリーダー」になります。経営チームの一員であり、人事のプロフェッショナルとして個々が自分の得意分野を究め、戦略の実現に貢献しなければなりません。人事部がヒトの部分で会社を牽引していくミッションが求められます。

つまり、人事部のスタッフの「働き方改革」ではなく「意識改革」が重要です。

テレワークを導入したり、RPAによって業務改革などを行ったり、具体的な制度やシステムの導入が中心の働き方改革は分かりやすい活動です。ところが、いちばん難しいのが「意識改革」です。

たとえばCoEとして「自分は人材育成の専門家をめざそう!」と考えたのであれば、全社員に対して、教師やカウンセラーの役割が求められます。そのためには心理学などの多方面の知識を学ぶ必要があり、人事部員としての自己の成長も必要になります。

全社的にはもちろん、人事部内でも個々人の適性やキャリアの形成について、チャレンジを歓迎する組織であることが大切です。それぞれの挑戦が戦略で束ねられたとき、戦略人事は他社に対する差別化と競争力として大きく機能します。

5.まとめ:できることから、コツコツと

戦略人事には「どうすれば成功するか?」という正解はありません。というのは、それぞれの企業の戦略によって、さまざまな人事戦略が生まれ、人材に対する考え方も社内風土も異なるからです。

したがって自分たちで、自社の人材の在り方を考えることが大切です。中小規模の企業が、外資系大企業の戦略人事の真似をしても成功するとは限りません。業界を取り巻く環境、競合他社の現状、社内の風土や人事制度がうまく機能しているかを顧みつつ、自社に最適な戦略人事の在り方を模索していくことが必要になります。

社内の適性やストレス耐性に問題があると判断したときは「従業員アセスメント」の利用が効果的です。教育サービスやコンサルティング企業などからサービスが提供されています。講師を招いたセミナーなど外部の教育を活用することも、ひとつの方法です。

戦略という大仰な言葉に惑わされることなく、長期的な視点を持ちながら、できるところからコツコツと、自社なりの戦略立案をおすすめします。

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