HR Techが会社や社会に与えるインパクトとは?

ビッグデータを活用することで、採用からメンタルヘルスまで、より細かい人事管理が可能となるHR Tech。導入企業の数は増え続けており、サービス内容も進化を続けています。

この流れは今後も加速すると予想されますが、ビッグデータが就職や人事評価に反映されることは個人のプライバシーの侵害とも受け取れます。

HR Techは今後の社会に何をもたらすのでしょうか?

超管理社会のイメージ

インターネットが登場する前から、個人のプライバシーが事実上なくなり、自分の能力や主義主張、嗜好までもが完全に把握される超管理社会の到来は予想されていました。

主にSFや文学、映画などの創作物で、起こりえる未来としてかなり高い蓋然性をもって語られてきた定番のテーマです。

そこで超管理社会のイメージの変遷から実際に起きた事、起こりえる未来について、実例を交えながら時系列的に考察していきます。

現実は小説より奇なりとはいったもので、ビッグデータの活用は想像を超える世界を生み出したのです。

1984とガタカ

超管理社会のディストピアのイメージとして取り上げられるのがジョージ・オーウェルの1984です。

1948年に発表された本作は、謎の独裁者ビッグブラザーによる全体主義を描いており、市民のマインドコントロールや言語のはく奪による愚民化を描いた名作文学です。

共産主義がまだ強かった時代の空気が反映されており、秘密警察や拷問、思想矯正施設などの暴力的な描写が目立つ、まさにディストピアと呼ぶにふさわしい作品だといえます。

これに対して1997年に発表された名作映画ガタカは違う姿を描きます。

この作品は2011年にNASAにより「現実的なSF映画」で1位に選ばれたほど、具体的に到来すると思われる未来を描いています。

ガタカの世界も管理社会ですが、1984のような暴力を伴うあからさまな抑圧や言語のはく奪はありません。

代わりに遺伝子による徹底的な管理が行き届いており、生まれた瞬間に差別が始まります。かつての階級社会のように、人生のルートが全く別れてしまい、交わらないのです。

まるでsuikaをタッチするように指先から微量の採血をすることでID代わりにしており、優秀な遺伝子を持たないものは、どんなに努力をしてもハイレベルの仕事をするチャンスがありません。

本人の努力で変えようがないものを理由に権利を制限するのは差別です。

ガタカでは表面上はマイルドですが、最初からあらがう選択肢が無いほど管理されており、1984よりも深刻な管理社会が描かれているのです。

1984はバッドエンドですが、抑圧的な体制がいつか崩壊するだろうという予感が感じられる作品で、実際に共産主義は敗北し、自由と民主主義の西側陣営が勝ちました。

ところが、勝利した資本主義体制側では、ガタカのような静かで徹底した管理社会が生まれかねないと危惧されており、実際に発表から20年以上が過ぎた今では、かなり近い形で現出しています。

その代表例は皮肉なことに、かつて共産主義側であった中国です。

中国と管理社会

中国では創作物の中でイメージされていた管理社会を一足早く実現しつつあります。

今では支社や工場を現地に持っている会社が多く、自分が行かなくても駐在員の同僚からリアルな話を聞く機会は増えています。

報道以外の情報として耳にしたことがある人も多いでしょう。

代表的なものはインターネットやテレビの検閲です。

中国国内からTwitterなどのSNSに自由にアクセスすることは出来ませんし、テレビでも検閲が入ると露骨に見ることが出来なくなります。

また、2014年から中国は信用スコアの導入を始めました。信用スコアとは国民にポイントを付けて管理するもので、2020年の完成を目指すそうです。

これは政府が独自に行っているのではなく、複数の民間企業が顧客に対してカウントしているスコアを総合してポイント化したものです。

主に中国最大のECサイト、アリババが付けている芝麻信用(ジーマ信用)というポイントと連動しており、かなり大きなインパクトがあります。

芝麻信用の評価項目は下記の5つです。

               ・身分特質:社会的ステータスや高級品の消費動向等

              ・履約能力:支払い履行能力

               ・信用歴史:クレジット履歴

            ・人脈関係:交友関係の社会信用スコア

               ・行為偏好:消費行動の偏り

これらは個人が、どんな社会的立場にあり、高級品の消費をしているか、きちんと支払いが出来ているか、どんなものを買っているのか、友好関係にスコアの低いものがいないか、どのようなものを多く購入しているのか、ポイントを付けているのです。

実際に芝麻信用のHPをチェックすると、スコアが落ちた理由に対する回答や住宅ローンが通らない理由に対する回答など、生活に密着した運用がされているのが分かります。

https://www.xin.xin/#/detail/1-3

信用スコアは住宅ローンの金利や病院の順番など、リアルな実生活に関わってくるので、スコアを維持するために模範的な生活をする必要があります。

つまり、評価項目から推測するに、高い社会的立場で高級品とされるものを消費し、支払いを遅らせず、ハイステータスな友達と友好関係を築くといったところでしょう。

スコアは自分で確認できますが、採点方法は秘密となっているので、ポイントを効率よく高めるための方法が色々と噂されています。

しかも2019年には借金を持っている人間の位置を把握するアプリまで登場しました。

http://www.xinhuanet.com/politics/2019lh/

まさにITを使った管理社会と言わざるを得ません。

このように個人にポイントを付けて管理することが出来るという事は、個人の生活が筒抜けになって集められている事を意味します。

また、2018年には北京で市民ポイントの導入が実施されています。

https://jp.reuters.com/article/point-idJPKCN1NR06M

中国では既に信用スコアが低い人間は大企業に就職できません。

つまり模範的だとされる社会生活を送る事が自分の評価に関わっているのですが、問題なのはポイントが付く活動、模範的だとされる生活が何か決める権力が一部の人間にゆだねられているという事です。

もしも、身分特質の評価ポイントに重点を置く採点をすれば、ポイントを維持したい人は高級品を買うようになるでしょう。

それがある企業のある商品を買うとより多くポイントが加算されるとなれば、みんなが買うので競争など無いようなものです。

姑息ですが、原理的には0この応用があらゆる分野に及ぶのです。

まるで1984のビッグブラザーですね。

これがビッグデータを活用した個人管理のネガティブな側面です。

もちろん、信用スコアにはネガティブな側面だけではなく、ポジティブな面もあります。

それは違法行為が減ったという事です。

実際にスコアの運用が始まってから、みんなおとなしくなった、というのは中国で暮らしている人に聞けば明らかです。

その理由は、スコアを落とすような活動を控えているからです。

もし喧嘩でもして訴訟が起きれば相手だけでなく自分のスコアも落ちて、ローンの審査に通らなくなったり、既に組んでいるローンの金利が上がるかもしれません。

乱暴な運転をして交通事故でも起こせば、一気に点数が減ります。

現金の代わりに電子マネーやクレジットカードが普及すれば、個人情報を取られる代わりに、ぼったくりや偽札を使う余地がなくなり、安心して買い物ができるようになります。

かねてから中国では偽札が大量に流通しており、経済を混乱させていましたが、電子決済化されることで対処したともいえます。

もっとも、今度はクレジットカードをスキミングして不正利用する行為やハッキング等のIT犯罪が盛んになったので、いたちごっこといえるかもしれませんけれども。

おそらく中国では、砂の人民と言われる程にバラバラの背景を持つ10億を超える国民を統治するため、やむなく信用ポイントを導入しているのではないでしょうか。

会社に与えるインパクト

このような事実を知ってしまうと、徹底した効率化ツールとしてHR Techが会社に導入された場合、会社内がギスギスするように思えるかもしれません。

管理ツールの基準によってボーナスや昇進が影響されるのなら、どうにかしてその基準をハックして高い点数を取りたいと思うのは当然です。

しかし、ほぼ間違いなく深刻な事態には陥らないでしょう。

その理由として会社内での評価は結局のところ、人間関係に由来するからです。

これは大企業でも中小企業でも変わりません。

会社のシステムが終身雇用を守りたい保守的なタイプなのか、次々と人が入れ替わるタイプなのかによって影響の度合いが異なりますが、評価システムとしてのHR Techには社内ディストピアを作る力はありません。

一般的にはドライな実力主義と思われているアメリカでも、上司へのゴマすりが想像を絶するレベルで行われている実情がありますし、日本においても似たようなものです。

HR Techは評価に使われるのではなく、効率化ツールとして仕事の管理・共有に使われるケースの方が多いと思われます。

いちいちツールに入力するのが面倒だとか、やり方を変えたくないとか最初は反発があるかと思いますが、直ぐに馴染むでしょう。

かつては掲示板に行先やタスクを張り付けていましたが、今ではサイボウズなどの管理ツールにログインして同僚のスケジュールを確認したり、上司の時間を抑えるのが当たり前になったのと同じです。

人事においても労務管理のルーチンワークが楽になるメリットがありますし、結局は使いやすくて便利な道具があったほうがいいに決まっているのです。

もちろん、HR Techの導入による効率化で仕事を失う人が現れるかもしれませんが、全体としては最適化の方向に向かっていくでしょう。

HR Techによって生まれる企業間格差

HR Techを導入する企業と導入しない企業の間で大きな格差が生まれることは間違いありません。

回覧板と電話、FAX、ハンコ、労務管理は全部紙で処理という昭和の企業文化を色濃く残している会社はいまだに多いです。

平成が終わろうとしている時代に昭和の働き方をしている企業は、非効率ですし、若い人も敬遠します。

新人を採用することが出来ないので遠からず衰退していくでしょう。

おそらくあと5~10年もすれば本当の意味で古い習慣に固執する老人たちが退くので、完全にIT化されると思われますが、その頃には少子化がさらに進んでいる事は確実です。

HR Techを積極的に導入できる企業か、そうでないかというのは、単にシステムの問題というより経営力や経済、社会情勢に対する柔軟性やセンスの問題だと言えます。

以上の意味で、より優れた道具を使える柔軟な企業とそうでない企業を分ける一つの基準になるでしょう。

社会に与えるインパクト

HR TechはHuman Resource(人的資源)とTechnology(技術)を掛け合わせた造語ですが、プラクティカル(実用的な)定義をするのなら、主に会社内における情報処理技術を使った人材管理だといえます。

しかし、その技術的な基盤はビッグデータやクラウド、高性能端末による個人の管理です。

こうしてHR Techを分解してみると、中国のような露骨な形でなくても、既に社会に浸透しきっている事が分かります。

時系列的にも、ほぼ確実にビッグデータで商業活動をする中から、技術の人財部門への活用が始まり、HR Techと名付けられたことは間違いありません。

人材管理用に技術が作られて社会に適用されるのではなく、順序が逆なのです。

と、なると、クレジットカードの利用履歴や信用情報だけでなく、ネットショップの利用履歴、GPSによる居場所の履歴などの個人情報は、既にそれと知られない形でビッグデータに統合されていることに気づきます。

中国の場合は、それを社会サービスの直接的な待遇へ直結させたことがディストピア感を出しているにすぎません。

もちろん、今後の日本においても信用スコアが表面化する可能性が無いわけではありませんが、既に数値化されずとも、失業中はローンの審査が通らないとか、保険に入りづらくなるといった形で世間に受け入れられています。

今でも学生の内からクレジットカードを作って、少額でも取引履歴を積み重ねれば社会人になって限度額を引き上げたり、ローンを組みやすい、というのが良い例です。

本当の管理社会

ここまで事例を挙げて紹介したように、管理社会のイメージは暴君や独裁者による圧制から大きく変化しました。

より優しく、それと知られない形でいつの間にか包囲されているのが、現在や未来における管理社会の完成形です。

これを息苦しいと感じる人もいるでしょうし、安心できると思う人もいるでしょう。

ただし、現状はみんなが優れたテクノロジーや利便性を求めた結果に過ぎないので、誰かが国民一人一人を直接支配してやろうという陰謀を巡らせた結果ではありません。

企業はより自分の商品がひとの目に留まるように、個人の検索情報を取得して最適な商品をPRしますし、どこにいても自分のサービスを使ってもらおうとGPSで居場所まで特定して追いかけてきます。

もちろん企業は売るだけではありません。お金をとりっぱぐれないように、売ってもいい相手か判断するため信用情報を蓄えます。

こういった努力をする事で、企業は前年対比いくらの結果をだして、社員は報酬で家族を養っています。もっと成果をあげればより報酬が得られるので、家族に豊かな暮らしをさせてあげられるのです。

一方、株主側も企業がより利益をだせるよう、そういったシステムを持つ会社に投資するので、ますますビッグデータの活用が進みます。

このように因果のネットワークを辿れば、管理社会と言われるビッグデータの収集と活用は、国家が命令して達成できる類のシステムでないことが分かります。

国内では何でもできると思われている中国ですら、政府だけでは手が足りず、アリババのシステムを信用スコアとして組み込んでいる事からも明白です。

いわゆる政府、お役所関係の非効率性と硬直性は、システムの安定性とトレードオフの関係にあるので、社会を変えるような活動は向いていないのです。

個人情報がそれとなく、大量に収集されるようになったのはビジネスの為に他なりません。

この流れは今後しばらく続くでしょうし、反動が起きるとしても、限定的なものになるでしょう。

先日、海外でグーグルやアマゾンなしの生活を試みた人がいましたが、ほとんどの情報サービスと関連付けられていたので、実質的にはインターネットの利用それ自体が不可能となる結果が出ました。

観光地でグーグルマップが使えなくなっただけでも相当ストレスがありますし、現在では無意識レベルでビッグデータの一部として生活するのが当たり前になっています。

電波が届かないところにいると不便を感じてしまうのが、その証拠です。

だから個人攻撃など、悪意を持った使われ方をしない限りは、個人情報がビッグデータに集約されても気にしない人の方が多いのです。

Big Date is watching you

ビッグデータこそ、現出したビッグブラザーです。

しかし、その正体は空洞に過ぎません。

特定の誰かがコントロールしているのではなく、利益を追求したい企業の意思と、利便性を追求したい人たちがいるにすぎないからです。

ビッグデータが活用されることで、利用する側とサービスを受ける側の両方に利益があるから、現在の社会が生まれました。

我々は既に望んでその支配を受け入れているのです。

だから、ビッグデータを用いるHR Techが導入されたからと言って、大きく生活が変わる事はないでしょう。

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