HR Techを企業が導入した時にどのような事が起こりえるか

Human Resource と Technologyを組み合わせたHR Techは、近年、すさまじい速さで発展している情報処理技術を活用した人財業務支援サービスです。

人財業務は大きく分けて労務処理と人財マネジメントに分けられますが、様々な業務が含まれます。

HR Techがカバーする領域は広いので、提供されているサービスが細分化され、情報処理技術の影響もグラデーションです。

HR Techの実用面での定義から言えば、かねてより運営されている求人サイトはもとより、在宅勤務者とスカイプで通話して仕事のやり取りをする事も該当するからです。

そこで、本稿では実際にどのような分野でどのような機能を持ったHR Techが導入されているのか、その成果はどうなるのか、HR Tech企業をピックアップして具体的に紹介します。

そして最後にはHR Techが十分に浸透したら、求職者、人事担当者、社員のそれぞれに、いったいどんな事が起きるのか、という点について考察を加えます。

求人分野

最初にもっとも人事の業務で時間的・金銭的コストが大きい求人分野の事例を紹介します。

求人関係のHR Tech企業は多く、新卒者を対象にしたものや中途採用、特殊な技術を持った人材など、細分化されるので、ひとくくりにはできません。

別分野の例として2社ピックアップしました。

エン・ジャパン株式会社 3Eテスト

大手転職・就職サイトのエン・ジャパン株式会社は転職者のビジネススキルをチェックする3Eテストを提供しています。

https://jinji-test.en-japan.com

3Eテストではストレス耐性や知能、性格、価値観を判定します。

いわゆる適性診断にあたりますが、従来のものと大きく違うのは、スマホやパソコンからテストを受けられる点です。

今までは空き会議室などを試験会場として準備して、受験者を集めて行う必要がありましたが、時間と場所の制約がなくなり、ペーパーレスになりました。

テスト時間も1回35分程度に短縮されており、従来の知能テストや職業別適性診断テストの半分程度しか必要とされません。

また、時間と場所を選ばずにテストを受けられるという事は、適切な回答を検索しながら答えることが可能であるように見えますが、回答の偏りから一貫性や虚偽性をパラメータ化して出力する事が可能となっている為、判定結果を良く見せることは出来ません。

3Eテストは既に50万人以上が受験しており、導入企業も多種多様なので、明らかな成功事例だといえます。

3Eテストには2つのHR Techの技術が盛り込まれています。

一つが高性能情報処理端末を使って、時間、場所、資源(解答用紙)を不要にした点です。

テスト用紙を郵送する必要すらありませんから、従来と比べて大きなメリットがあります。

しかも、テスト回答の偏りを情報処理して受験者の「一貫性や虚偽性」まで数値化されます。これはもう一つのHR Techの特徴である強力なアルゴリズムによる統計処理です。

被受験者が50万人をこえるという事は既に社内にはビッグデータが存在し、実績から更に利用者が増えることでよりデータの信頼性は高まっていきます。

エン・ジャパンがHR Techを大々的にPRした企業でないことは明らかですが、提供しているサービスには既に技術が埋め込まれているのです。

単なる適正診断にとどまらず、その精度は相当に洗練されて、今後さらに高精度になっていくことは間違いありません。

実際、社員に受験させる事でストレスチェックのモニターとしても活用できるとのことですから、その他のデータと組み合わせることで、新たな分析が可能となっているようです。

担当者の人物鑑定眼や人間力だけでは、どうしても旧来の価値観である学歴や偏差値、職歴を過大評価しがちですが、データ解析は先入観の影響を受けません。

実際に面接から読み取る以上の情報をHR Techは提供してくれるのです。

株式会社ビズリーチ スタンバイ・カンパニー

ビズリーチが運営するスタンバイ・カンパニーは、求人特化検索アプリです。

https://stanby.co/

アプリから募集や応募が出来るだけではなく、無料で求人用ホームページが作成・公開が出来ますし、アプリ内で登録者にスカウトのアプローチをかけることが出来ます。

やり取りはアプリ内のチャットを使うので、全てがスマホで完結するのです。もちろん、デスクトップから登録・利用することも可能です。

スタンバイ・カンパニーは既に1万社以上が利用しており、日経新聞やワールドビジネスサテライト、おはよう日本でも取り上げられています。

人口知能でマッチングする点を強調する求人サイトや求人アプリは他にありますが、登録会社が数十~百社程度が大半ですから、スタンバイ・カンパニーは桁違いの成功を収めているのです。

もちろん、高性能端末の活用や高速インターネットの実現によって可能となったチャットによるリアルタイム性のあるやり取りはHR Techの特徴です。

スタンバイ・カンパニーには700万件をこえる求人案件がありますが、スマホやパソコンを持っていなければ、情報にアクセスすることが出来ません。

情報端末を持っていなければ、先進的なサービスの存在を知らない、利用することが出来ない企業の求人から選ぶしかないのです。

企業側としてもハローワークに登録したり、求人会社に電話してフリーペーパーに求人広告を出したり、高い費用を払って求人用ページを用意してもらうことになります。

ICT(Information and Communication Technology情報通信技術)を活用できる人と進歩についていけない人の間には、大きな機会的、経済的格差が生じるでしょう。

労務管理

人事の仕事の中でもルーチンワークに属する分野です。

給料計算、年末調整、社会保障の申請、入社・退社に伴う各種手続きは誰がやっても同じ結果になりますが、時間と労力をとられます。

株式会社SmartHR SmartHR

https://smarthr.jp

サービス名と社名を同じくするSmartHRは、クラウト労務管理ソフトです。クラウドなので、ソフトを会社のパソコンにダウンロードして使うものではありません。

web上でSmartHRにログインして処理することで、これまで書類やエクセルで管理していた各種データが一元管理出来ますし、1クリックで役所へ電子申請する事も可能となります。

ペーパーワークが無くなる事で、資源の無駄を省けるだけでなく、転写ミスや書類の紛失、検索性の悪さが一気に改善されるのです。

分厚い社員情報のファイルや紙の束と格闘した経験を持つ人事経験者なら、本システムのメリットが直ぐに理解できるでしょう。

実際、18,000社以上が利用しており、毎月1000社以上が利用を開始しています。日経新聞や日経ビジネス、エコノミストなどの経済紙にも取り上げられており、明らかな成功例だといえます。

SmartHRはクラウド技術の発展によって実現したHR Techです。

クラウドではなく、パッケージソフトをインストールする形態でSmartHRがリリースされていても、同様の機能を持たせる事が出来た事は間違いありません。

ただし、利用者のPC環境による不具合や、不慮の故障によるデータの損失、法律の改正に伴う書式や手続きの変更アップデート、PC更新に伴うデータの移設の問題がスマートに解決できなかったでしょう。

クラウドなら、SmartHR社が一元管理出来るので利用者のPC環境に影響されない利点があるのです。

社員教育

社員教育については、会社全体に共通する部分を人事が担当し、実務に関しては現場で教える事が多いです。

そのため、人事の役割の範囲は会社によって異なります。

株式会社スタディスト Teachme Biz

https://biz.teachme.jp/

スタディスト社がリリースしたTeachme Bizは、マニュアル作成支援ツールです。

従来のマニュアルは付箋を付けた書類の束や、度重なる改定でボロボロになったテンプレート、見て覚えろ式のOJTが教育でしたが、Teachme Bizは違います。

動画を使った、より臨場感の高いマニュアルが簡単に作れます。

しかもクラウドなので利用者はスマホから閲覧できます。

これでマニュアルのフォルダを引っ張り出したり、自分用メモ帳を作る必要はありません。

マニュアル化が出来る部分は相当に広いので、誰でも効率的に仕事を習得できるようになるでしょう。

タスク管理

仕事の進み具合を共有する事はメンバー全員にとって重要です。今でも大きなカレンダーを使ったり、社内サーバーを立てて共有ツールを利用していましたが、HR Techは大きく状況を変えました。

株式会社 PR TIMES Jooto

https://www.jooto.com/

株式会社 PR TIMESの作業工程共有管理ツールです。こちらもクラウド対応しているので、個別の端末にインストールして使うものではありません。

複数の端末から同時にアクセスして、更新できるため、スケジュールが常に最新の状態で共有できるのです。

ガントチャートで工程の進み具合をチェックしたり、タスクを張り付けたりと、直感的に使えるツールで既に15万社が導入しています。

クラウドの活用はHR Techの特徴です。

プログラムインストール型だったら、必要な端末全てにインストールして個別に更新などの保守を行った上で、常にオンラインで最新情報にアクセスしないといけません。どうやっても時差があるので原理的に無理です。

またサーバー設置型だったとしても、自社でサーバーを管理維持するコストを考えれば、Jootoのようなシステムを活用できる会社は限られます。

安価なクラウドの発展がなければ、こういったツールは存在しないのです。

HR Techが当たり前になった世界において

ここまで日本国内で299サービス(2019年1月)もあるとされるHR Techサービスの内、代表的なものを実例として紹介してきました。

これらのサービスを先進的で素晴らしいと思い、すぐに導入したいと考える人事担当者もいるかと思います。

しかし現時点(2019年)において、中小企業を合わせると381万社が日本にありますが、HR Techに関するサービスを知らないし、導入もしていない会社の数が圧倒的です。

もちろん、社員数が数人程度だったり、個人事業主もいるので、効率化を目的とする必要性がないケースもありますが、今後HR Techを利用したサービスが浸透してくると、恐ろしいほどのチャンスと経済的格差が生まれるでしょう。

求職者にとってのHR Tech

これまでのような形式的で時間のかかる求職活動は無くなるでしょう。

リアルタイムで担当者とコミュニケーションをとりながら、お互いにメリットを生む関係になれるか判断するようになります。

求職者としては、HR Techが浸透するほどに、応募できる会社が増えるのでチャンスが広がります。

プロに撮影してもらった証明写真を焼き増しして手書きの履歴書を何枚も作って送ったり、何度も同じ職務経歴書を書いたり、何度も面接の為だけに会社に出向く必要が無くなります。

面接に至るまでにビッグデータで自分の情報を知ってもらっている為、ミスマッチが発生しづらくなっているからです。

その反面、HR Techの利用にはスマホやパソコンの利用が前提となっていますから、ITに苦手意識がある人達にとっては非常に厳しい状況です。

ガラケーしか使わない、インターネット環境がない場合は、求人市場に参入することすらできないのです。

そしてHR Techが浸透しきった頃においては、時代遅れとなったか、硬直的な会社しか選べなくなります。

企業の側としても先進技術に苦手意識があり、しかも克服していない人物を積極的に採用するモチベーションはありません。

余計なコストがかかるだけです。

パソコンやスマホ、高速インターネットはかつての電話のように、今や必須のインフラとなっているのです。

また、ビッグデータが採用の人物判断に影響を及ぼすようになる事は間違いありません。

今でも匿名のSNSアカウントから実名が暴かれるケースがありますが、未来においてはビッグデータから更に細かい情報が提供されて、個人のプライバシーに近い部分まで評価ポイントにされると予想されます。

今でも暗黙の共通認識として、応募者のSNS探しをする事で本音を洗い出すアクションがあるのですから、いっそうチェックの目は厳しくなることは確実です。

インターネット利用者はプライバシーと引き換えに利便性を得ています。

HR Techに対応するため、高性能な端末を使いこなし、ITに馴染むほど、ビッグデータに人物像がはっきりと刻印されるのです。

しかし、対応しなければ「相応のレイヤーの会社」の中から選ぶしかありません。ほぼ間違いなく、その中に大企業は含まれないでしょう。

人事担当者にとってのHR Tech

HR Techの導入は人事担当者にとっても有益な面と厳しい現実が待ち構えています。

まず、効率化が進むため、無駄な仕事がなくなります。

書類の束も、プリントアウトして印鑑を押して回す回覧板も、代々継承されてきた編集禁止のエクセルファイルもなくなり、労務管理が格段に楽になります。

本来の意味での人財マネジメントに集中できるようになるのです。

人財マネジメント面においても、社内のアクションがビッグデータとして蓄えられるので、アルゴリズム(AI)によって数値化されます。

データに基づいたメンタルケアや作業効率アップの提案がしやすくなるでしょう。

採用の活動も大幅なコストダウンが出来ますし、ビッグデータに基づく人物精査で配属後の不適合がおきづらい人物を選べます。

定着率の高い人材を採用できれば、人事マンの評価も上がるでしょう。

会社全体としては良い方向に向かっているといえます。

ただし、効率化が進み、個人技術が無くなるという事は誰が処理しても同じという事です。

属人的な仕事は減りますし、これまで3人で分担して500人分の労務管理をしていたものが1人か2人で済むようになるでしょう。雇用の喪失です。

また、極限まで効率化がすすめば労務管理は丸ごとアウトソーシングされる可能性がありますから、職場の中で替えの利く駒にならないために、ルーチンワーク以外の人財マネジメント面で成果を出す必要があります。

人財マネジメント面でもHR Techが様々な情報面で支援をしてくれますが、究極的には社内人脈や人間力がものを言うようになるでしょう。

営業成績で存在価値を出せないスタッフ部門では、数値化されないアンフォーマルな評価を得たり、何らかのアクションを起こす必要があるのです。

社員にとってのHR Tech

求職者でもなく、人事担当者でもない一般社員にとって、HR Techはプラスの面が大きいです。

まず、工程管理が一元化され、無駄な会議や報告書、日報や稟議書などの形式的な書類も大幅に減るので、効率的に収益に結び付く仕事に集中できるようになります。

ハンコをもらいにフロアを上がったり下がったりする事は無くなるでしょう。

効率化が進むので残業も減るに違いありません。

同時に、かつて営業車に居場所を特定するナビが付いたり、GPS付き携帯が支給された時に反発を覚えたように、管理されている窮屈感を覚える人が増える事が予想されますが、これは一過性のものでそのうちにみんな慣れてしまうでしょう。

既に昭和のような、営業マンが外に出たら何をしているのか分からない、という時代ではないのです。

最後に

このようにHR Techが導入された社会では効率化と雇用の流動化が進む半面、自分の真価がシビアに問われるようになります。

時代は逆行しないので、システムに適応し、使いこなす事でプラスの面を大きく享受できるように自分自身の価値を高める必要があります。

今よりいっそう学習し続けてスキルを更新していくことが大事になるでしょう。

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