グローバル化する時代にどう対応するか

1.グローバル化する時代の背景を俯瞰する

インターネットの普及と進歩により、地球上の裏側で起こっている事件も、個人のスマートフォンで撮影した写真や動画で知ることができるようになりました。翻訳された情報を読むよりも先に、自動翻訳によって海外の情報を読むことが可能です。航空など交通網も整備され、簡単に海外に行けるようになりました。

企業は積極的に海外進出をしたり、外国人労働者を雇用したり、グローバル化する時代に対応しています。

このようなグローバル化する時代の対応で重要なことは「視野を拡げる」ことです。

視野を拡げるためには世界の動向を常にウォッチし、あるいは実際に現地に出向いて文化や変化を体感することが必要になります。

そこでグローバル化する時代の具体的な対応を提示する前に、やや長くなりますが、世界がいまどのような状況にあるのか、ざっくりと背景の解説から始めます。

■海外進出から外国人雇用者の活用へ

景気が好況だったバブル時代には、海外拠点を増やしたり、海外に工場を設立したり、オフショアとして途上国の人材活用など積極的な海外進出が目立ちました。

ところが、国内の景気後退と途上国の人件費の高騰により、海外拠点や工場を閉鎖する企業が増加。しかしその一方で、銀行や食品業界では、国内需要の行き詰まりにより、積極的に海外市場を開拓する動きが顕著になりました。現在、少子高齢化や生産人口の減少から、外国人労働者の積極的な活用が推進されています。

■アベノミクスの破綻

過去を振り返ると、2014年に発足した第2次安倍改造内閣で「成長戦略」のひとつとして、イノベーションとともに重視されたのが「グローバリゼーション」でした。

ところが現在、2019年3月に内閣府が発表した景気動向指数では、一致指数が前月比で0.9ポイント低下。基調判断は6年2ヶ月ぶりに「悪化」という判断です。厚生労働省が発表した実質労働賃金は前年の同月比で、マイナス2.5%と大きく下落しています。2018年1月からの統計不正問題によって、賃金伸び率の成長は統計不正による虚像でしかありませんでした。

結局のところ、第2次安倍改造内閣時代以降の好況は、日本は「外需の伸び」に支えられていただけに過ぎません。つまり、日本の政策が景気の降下を抑えたのではなく、アメリカ経済の好況と安価な原油価格が好景気の要因だったのです。

いまトランプ大統領は、農産物関税の撤廃、自動車の追加関税を日本に要求しようとしています。さらに、アメリカは中国に追加関税を引き上げる政策をとりました。したがって、アメリカと中国の経済摩擦も深刻化し、中国経済の減速が予測されています。

■日本企業を買収する中国、EUの危機

中国は、先進国の中でも大きな力を持つほどに成長しました。

中国の著名メーカーが次々と日本のブランドを買収していったことも話題になりました。2016年には、中国の鴻海グループが日本のシャープを3,888億円という巨額で買収。同年には、レノボ(聯想)が富士通のノートPC事業を買収、ミデア(美的集団)は東芝の白物家電事業部門を買収、コンカ(康佳)は東芝の照明器具製造・販売子会社である東芝ライテックを買収と、買収が相次ぎました。

一方でEU諸国に目を向けると、イタリアの財政危機に加えて、イギリスのEU離脱(プレグジット)による衝撃が波紋を描いています。ドイツは対英輸出の57%を失うといわれ、ベルギーもGDPが減少、アイルランドの経済も4%縮小するだろうと見られています。

■TPPを離脱したアメリカの焦燥感

ところで、なぜアメリカが農産物の関税撤廃などの早期妥協に踏み出したかといえば、トランプ大統領により2017年にアメリカがTPP(環太平洋パートナーシップ協定:Trans-Pacific Partnership Agreement)から脱退したことが発端です。

TPPとは、2015年にアメリカを中心に、オーストラリア、ニュージーランド、メキシコ、ベトナム、シンガポール、ペルーなどの12か国で、貿易自由化を目的とした経済連携協定です。自動車や牛肉などのモノの関税だけでなく、投資の自由化や電子商取引、知的財産などのサービスも含みます。そもそも2006年にシンガポールなどの4か国で発効した協定であり、そこにアメリカが参加したことで、世界的な自由貿易の枠組みとして注目されました。日本は2013年に参加しています。

アメリカがTPPから離脱した公的な理由は、自国の労働者を守り、賃金を引き上げることでした。しかし、その背景には、トランプ大統領の選挙対策があったと、池上彰氏は指摘します。(文春オンライン「池上さんに聞いてみた。」2017年9月4日)。

アメリカのTPP離脱によりTPPは発効しないはずでしたが、2018年3月にアメリカを除く11か国で「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(TPP11協定)」が署名され、2018年12月30日から発効しました。一転して不利になり始めたアメリカは、あわてて日本に対して敵対姿勢をちらつかせるようになりました。アメリカの自業自得といえなくもありません。

■世界における経済と自国の現状を把握すること

安倍政権は、2013年、参議院選挙の結果が出ていないにも関わらず、TPPへの参加を表明しました。この決断を「グローバル時代を見据えた危機感によって選択した」と評価する識者もいます。しかしながら、アベノミクスの破綻が明らかになりつつある現在、国交と経済は非常に困難な状態に置かれています。したがって、「アベノミクスの成功は虚像だった。アベノミクスは既に破綻している」という実態をきちんと見据えるべきです。

日本はもはや「先進国」でもなければ「経済大国」でもありません。

あえて遠回しの表現を避けてストレートに表現しましたが、それが現実です。

先進国全体の経済成長率が鈍化しているとはいえ、日本はアジアの途上国にさえ抜かれています。この厳しい現状を把握することが、グローバル化対応の前提であり、人事部門においても「他人事」として済ませることのできない日本全体の問題です。

2. GAFAの脅威

「GAFA(ガーファ)」という言葉を耳にしたことがあるでしょうか。

IT業界の企業であれば、毎日のように聞いた」言葉かもしれません。GAFAは先端テクノロジーのビジネスを展開する巨大企業、Google、Apple、Facebook、Amazonの4社をいいます。

Appleはコンピュータのハードウェアとソフトウェア(OS)を手がける企業でしたが、iPhoneの爆発的な人気により、創立者のスティーブ・ジョブズなき後にも存在感を増しました。Googleは検索エンジンの広告収入を中心に成長し、現在ではAI(人工知能)、自動運転など幅広く事業を展開しています。Facebookは月間22億人ものユーザーに使われるSNSで、Instagramを買収したことによりSNS市場の7割超を占めています(2018年11月現在、出典:StatCounter)。AmazonはECサイトを基盤にプライム会員は1億人を超え、AWS(Amazon Web Services)というクラウド事業による収益が貢献しています。

週刊東洋経済の『GAFA全解剖』(2018年12月22日号)では、これらの企業が注目されている理由を「株式市場や個人の生活、さらに政治にまで、彼等の存在が幅広く影響を及ぼしている」と解説し、4社の時価総額は合わせて300兆円を超え、日本の株式市場全体の時価総額644兆円(2018年11月末現在)の半分に相当することが記載されています。

GAFAがなぜ脅威になるかといえば、プラットフォーマーとしてあらゆる業界に進出しているからです。IT業界にとどまらず、自動運転のAI(人工知能)で自動車業界に進出したり、医療業界に進出したり、業界を横断して事業を拡げつつあります。

優秀な人材はすべてGAFAに引き抜かれてしまう可能性があります。週刊東洋経済の特集で、NTTの澤田純社長は「(研究開発の人材は)35歳になるまでに3割がGAFAなどに引き抜かれてしまう」と語っていました。人事部門としては、これを看過するわけにはいきません。

未来志向のビジョンと担当する仕事や環境が魅力的であるばかりでなく、日本のように「出る杭は打たれる」「協調性が大切」という閉鎖的な社内風土がないため、若い世代にとっては「日本企業でくすぶっているぐらいであればGAFAのような企業で実力を発揮したい」と考えるのは当然といえるでしょう。

優秀な人材が日本企業に愛想を尽かしてGAFAのような海外企業に流出することは日本全体の問題になります。人事部門としては「優秀な人材の流出をどう食い止めるか、自社に確保するか」という対応が必須になります。

3.対応策1:語学力ではなく「人間力」を育成する

ここまでグローバルな俯瞰的視野の必要性と、GAFAのような巨大企業を意識する重要性について述べました。そこで、ここからは具体的な対応策について解説します。第1に「語学力」です。

楽天、日産自動車、ファーストリテイリング(ユニクロ)、武田薬品工業などでは、社内の公用語が英語です。外資系企業では英語が使われる場面が多かったのですが、日本の企業でもグローバル化する時代の対応として、英語を公用語とする企業が増加しつつあります。

しかし、実情としては日本人の社員どうしは日本語で喋っていたり、英語では自己表現が難しくモチベーションが上がらなかったり、英語を公用語にしても効果が得られず、弊害さえあるようです。

採用面接においても「TOEICは何点必要でしょうか?」「語学力に自信がないのですが」と面接で不安そうに尋ねる応募者がいるのではないでしょうか。

しかし、人事的な視点からグローバル時代の英語について考えると「語学力が高いからといって、ビジネス力があるわけではない」ということに尽きます。

英語に限りません。日本語も同様です。論理的に話ができる高学歴だからといって、そのような人材に卓越したビジネスセンスがあるとは限りません。むしろ「異なった文化の環境に飛び込んでいき、多様な価値観を持つ人間がいることを理解し、チャレンジできる人材」のほうが貴重です。

成功したベンチャー企業には、語学力はまったくなかったとしても「とにかくシリコンバレーに行ってみたかった」という熱意だけでアルバイトをしたり、友人からお金をかき集めたりして、身ひとつで渡米した経験がある経営者や幹部が少なくありません。熱意と無鉄砲なぐらいの行動力があれば語学は後からついてきます。

グローバル化する時代には、行動から学び体験を体系化し、知恵を基盤にリーダーシップを発揮できる人材が重要です。異なる文化を理解する能力は、お客様を理解するセンスにつながり、変化の激しいビジネス環境で柔軟な対応ができるようになります。評価を追いかける人間ではなく「成果を追いかける人間」がグローバル化の時代には必要です。

このような人材育成は、セミナーや書籍で学ぶだけでは実現できません。

中国は巨大な国ですが、国土が広いだけに地域によって状況がまったく異なります。深センと香港では、同じ中国であっても文化、価値観、習慣などに大きな違いがあります。アメリカも同じで、州によって主要な産業が違う多様な文化の集合体です。

文化、価値観、習慣の違いの理解は、実際に現地で数週間過ごして身をもって学んだ「体験」が重要です。語学教育よりも、新入社員を海外に派遣する実践的なOJTの機会をつくるべきでしょう。新人をフォローできる経験豊富な社員のもとで、実際に海外の取引先と仕事をさせるチーム編成や社内文化をつくることです。

多様性(ダイバーシティ)の尊重において、異質な文化、価値観、習慣を持つ他者を認め、理解しようとすることが大切であり、語学力より「人間力」の育成が最重要になります。

4.対応策2:ITによってボーダレスな環境をつくる

海外拠点を持つ企業の多くは、財務会計や社内情報の共有などクラウド上のITによって、日本の本社でも海外拠点でも同様のシステムが稼働するようにしています。人材管理のオペレーションは効率化され、ボーダレスな環境を構築できます。

大手企業の商社や製造業であれば、グローバルスタンダードになっているシステムを導入することが一般的です。たとえば、ERP(Enterprise Resources Planning:基幹系情報システム)」であればSAP、RPA(Robotic Process Automation:ロボットによる業務プロセスの効率化システム)」であればUiPathのように。

しかし、海外のデファクトスタンダード製品は高価なため、中小企業の場合は導入が困難です。日本製のソリューションを導入している企業も多いでしょう。日本製ソリューションを導入している中小企業が海外展開の際に「せっかくだから、海外のシステムに入れ替えよう」と考えることがあります。あるいは、海外拠点では海外の取引先に合わせた海外のシステム、日本の本社では従来のシステムに分けるケースもありがちです。

しかし、「国内で使い慣れたIT環境を海外拠点でも使えるようにすること」がベストです。初めて海外勤務に就いた従業員は、現地の文化や習慣に慣れることだけでせいいっぱいです。さらに新しいシステムを学習する負荷をかけると、本業のビジネスで成果を出せなくなります。

また、システムの保守やトラブル対策を、現地のベンダーだけに任せることも問題があります。日本の本社のIT担当者を常駐させ、システムを管理したほうが効率的です。というのは、ベンダーの現地人が日本語に通じていたとしても、正確に理解していないことが多く、実際に任せてみたところ、まったく保守やトラブル対策ができなかった、という事例もあるからです。

日本のIT担当者を海外に常駐させ続けることはコストや人事で問題があり、タイミングを見極めて現地採用をすべきです。そして、現地採用した担当者を日本の本社で研修を受けさせるなど、人材育成も必要になります。

5.対応策3:外国人労働者の活用

グローバル化の対応としては、外国人労働者の活用も人事として必須事項です。女性や高齢者の活用も含めて、人材不足解消の手段としては有効といえます。

2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、インバウンド需要が高まりつつあり、特にホテルや店舗においては、外国人観光客に対するサービス品質を向上させるために外国人を雇う企業が増えました。もうひとつの傾向としては、IT関連企業などでは国内のエンジニア獲得に苦戦しているため、外国人エンジニア採用に活路を見出そうとしています。

外国人労働者の就労にあたって注意すべきことは、文化や習慣の違いです。「日本の常識は外国人の常識ではない」と考えるべきでしょう。宗教に関するNGなど、雇用した外国人側の常識を理解することも大切ですが、日本の常識に関しても理解するまで説き続けなければなりません。

実務的には、就労ピザの取得はもちろん、10人以上の外国人労働者を常時雇用する場合には「外国人労働者雇用管理責任者」を各事業所の管理職から専任する必要があります。短期滞在や留学などの在留資格の外国人、入国許可を受けていない者、在留期限を過ぎた者は就労できません。もし、該当する外国人を就労させた場合には、3年以下の懲役もしくは300万円以下の罰金が課されます。

外国人労働者の採用に際しては、法的な規則などを理解しておきましょう。

6.まとめ:人事部門が率先してグローバル時代に対応を

グローバル化は、少子高齢化やテクノロジーの進歩にしたがって、避けようのない時代の潮流となりました。困難な側面もたくさんありますが、チャンスとして活用することによって、日本の経済に風穴を空ける可能性も秘めています。

外国人労働者の受け入れなどについては、前例があまりないことであり、トライ&エラーを繰り返しながら最適な方法をみつけていくしかありません。大企業に限らず中小企業であっても、外国人労働者を活用した独自の人材戦略があるはずです。

グローバル化する時代には柔軟に変化を受け入れる人事が求められます。

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